日記
カッコウ
先日、東京の郊外(というよりもはずれ)の現場にいきました。
そのとき、カッコウの声を聞きました。
ウグイスも鳴いていましたが、私はだんぜんカッコウの鳴き声に惹かれます。
カッコウの鳴き声はウグイスやヒバリよりも大きいためか、声が太く力強く、なんといっても鳴き声がそのままその鳥の名前になっているほど、インパクトがあります。
カッコウの鳴き声を聞いていると、身体全体が癒されるのを感じます。
「カッコウ、カッコウ・・・」
田舎はいいですね。自然はすばらしい。
しかし、こんなすばらしい鳴き声のカッコウの生態がとても惨いということは、よく知られています。
簡単におさらいしますと、かっこうは他の鳥の巣に自分の卵を産みます。
かっこうの卵は他の卵よりも早く孵化します。
孵化したひよこが最初にするのは、なんと他の卵を巣から落とすことです。
いわいる、「託卵」と呼ばれるやつですね。
人間の道徳から考えると、かっこうは生まれながらにして、とんでもない悪者です。
しかし、それを知っていてもなお、かっこうの鳴き声には癒しを感じます。
人間には危害がないからでしょうか。
一方、蚊の飛ぶ音は癒しどころか、大変なストレスを感じます。
これは、蚊が人間に危害があるからでしょうか。
おそらく、そういう訳ではないと思います。
どちらにしろ、自然とは単純な善悪の法則ではない訳ですね。
かっこうは生まれながらにして罪深い鳥です。
それでも、これからもずっと存続してほしい。
人間の社会では、エコという合言葉で自然を単純な善悪の因果関係の産物と考えがちです。
しかしながら、実際の自然はドライです。
それはまるで、人間界の経済のように・・・。
カテゴリー: 日記 | 投稿日:2008/04/24 | 投稿者:
