日記
形式と様式
ある幼稚園で「秋祭り」の催しがありました。
そのなかにお茶席が設けられていたそうです。
このことは近所のお茶屋さんからのDMで知ったのですが、幼稚園にお茶席とはなかなか面白い企画だと思いました。
赤い毛氈の上で、幼稚園児が父母と並んで神妙に正座をしている風景。
両手で持った茶碗を眉をひそめながら口元に運んでいる風景。
そんなイメージが頭に浮かびます。
イメージの奥には、茶の湯の詫び、寂び、はありませんが、幼児たちのこだわりのない自然な動作、気取りのないくつろいだこころが感じられます。
もしかしたら、茶道という学問は、こういった幼児たちの「自然な動作」、「くつろいだこころ」をもう一度習得するための学問なのかもしれないなあ、と勝手に思いました。
茶道が面白いのは、その学問が主に茶葉の種類、香り、風味等を知識として勉強するのではなく、お茶を点てる側と点てられる側の動作の仕方、形式を勉強することに重きをおいていることです。形式としての動作がまずあって、その結果としてこころを習得していくわけですね。
それでは話は変わって、建築はどうでしょう。
建築学発祥の地、古代ギリシャでの建築学はまず神殿の様式でした。
例えば、柱の様式は大きく分けると三つあり、それは、ドリス式(ドーリック・オーダー)、イオニア式(アイオニック・オーダー)、コリント式(コリンシアン・オーダー)です。
そして、日本の建築学も神社の様式として始まったと思います。
例えば、神社の様式を大きく分ければ、六つあり、それは、神明造、大社造、住吉造、春日造、八幡造、流れ造です。
特に伊勢の神宮の本殿は唯一神明造といって別格とされています。
うーん、僕はまだまだ様式のその奥にある大事なことに気が付いていないように思います。
もっと、勉強ですね。
flathouse サカノ
